
Written on: 2026/04/02
私が一人で旅を始めた明確な原点がある。
2021年12月。高校2年生だった私は、学校を一週間サボって、島根で一人暮らしをしていた兄のアパートに転がり込んだ。
実はこの旅の直前、学校行事で約一週間の修学旅行があった。つまり、修学旅行から帰ってきた翌週にそのまま学校を休んで島根へ向かったのだ。長期休みでもないのに、まともに授業を受けない期間が二週間も続く。当時の私にとって、それはこれまでにないほど大胆で、形容しがたい解放感に満ちた経験だった。
自分でも、なぜあの時あんなことを思い立ったのかは全く覚えていない。それまでも自転車で隣町へ行く程度の冒険はしていたが、学校を休んでまでこれほど壮大な旅を決行した理由は、今でも謎のままだ。
世の中はまだコロナ禍の真っ只中。けれど、なぜかあの時期だけは日本全体の感染者が奇跡的に激減していた。不気味なほどの静けさと、冬の澄んだ空気。そんな「空白の期間」のようなタイミングが、私の背中を押したのかもしれない。
ただ、今こうして休学してまで「世界を旅しよう」と思い至ったのも、実は特別な理由があったわけではない。気づけばやりたいと思っていたことを、ただ行動に移していただけだ。そう考えると、高校時代のあの強引な一人旅は、今の自分の生き方への「伏線」だったのだと思うと、どこか感慨深ささえ感じる。
当時の私は、初めて新幹線を乗り継ぎ、半日ほどかけて島根へと向かった。山梨の田舎育ちだった私から見ても、当時の松江は驚くほど「何もない場所」に映った。兄が通う大学の構内をふらふらと歩きながら、「大学生って制服がなく、制約が少ないだけで、自分たちとそれほど変わらないんだな」と、妙に冷めた感想を抱いたことも記憶に残っている。
滞在中は松江付近を観光し、大学1年生だった兄に美味しいものをたくさんご馳走してもらった。当時の私は「大学生はアルバイトをしているからお金持ちなんだ」と思っていたが、いざ自分がその立場になってみると、決してそんなことはなかったのだと痛感する。
弟がわざわざ遊びに来てくれたからと、背伸びをして舞ってくれたのだろう。今思い返しても、兄の優しさには尊敬の念を抱かざるを得ない。自分が同じ立場になったときに、同じように振る舞える自信はない。そんな風に思ってしまうのは、末っ子として育った私の性なのかもしれない。

出雲大社。恋愛成就で有名らしい。この後約3年付き合うことになる彼女ができたので本当なのかもしれない。困ったらまた行こうと思う。